木下恵介とコンビを組み、以降「二十四の瞳」「喜びも悲しみも幾年月」など計12本の木下作品に出演する。
稲垣浩
「無法松の一生」阪妻の好演が光った(その二)
0 1943年(昭和19年) 日本映画史上の名演技の一つに数えられる 阪妻も稲垣を知らない仲でもないので「命を懸けてもやるつもりか」と聞いた。稲垣は「そうだ」と答えると、「よし、私も頑張ろう」と応じて出演が決まった。阪妻 […]
「無法松の一生」阪妻の好演が光った(その一)
阪妻は出演を一度断っている。監督の稲垣浩の再三再四出演依頼で引き受けた阪妻は日本映画史上に残る名演技を生み出した。
文部省選定、海軍省後援の誤魔化し
監督や俳優よりも、陸軍航空本部監修、情報局選定国民映画、文部省選定、海軍省後援という大きなゴシック文字が必ずついた。
スターで客を呼ぶ時代の終わり
映画界にも変革が起きていた。トップスターの共演や豪華キャストなど、一流どころを揃えて、スターで客を呼ぶ時代は終わった。