0 世界各エリアの興行収入の推移 全世界の映画産業をエリア別に見ると、2013 年までは北米、欧州、アジア太平洋がほぼ横並びだったものの、2014 年よりアジア太平洋が急成長。2016 年の同エリアの興行収入は149 億 […]
四方山話
「映像の魔術師」大林宣彦監督死去
映画作家「大林宣彦監督」令和2年4月10日に死去した。大林監督は才能豊かな現代映画のパイオニアであり、「尾道三部作」を始め、「薬師丸ひろ子」や「原田知世」等をアイドル映画の先駆として世に送り出した。
「理想の母」を演じた名女優・八千草薫
昭和を代表する女優・八千草 薫(本名谷口瞳)が、2019(令和元)年10月24日、すい臓がんのため逝去した。
98歳「日本一のおばあちゃん役者」他界 2010(平成22)年
0 平成に入り、昭和の映画で活躍した俳優さんが多く他界している。 その中で2010(平成22)年4月27日、肺炎のため98歳で亡くなった北林谷栄(本名・安藤令子)を紹介しておきたい。 この女優さん、皆さんがご承知の通り、 […]
大原麗子62歳 寂しすぎる孤独死!
大原麗子、昭和の大女優が静かにこの世を去った。美人女優でちょっぴりハスキーな声で世の男を魅了した。「少し愛して、なが~く愛して」のキャッチコピーで話題になった、サントリーレッドのCMも世の男性を虜にした。
高倉健の愛憎劇、再びクローズアップ!
最近また高倉健の周囲が騒がしくなってきた。高倉健が養女に迎えた小田貴月(たか)が、テレビのワイドショーに突然登場し、高倉健と過ごした17年間の想い出を語り始めたからだ。
異才監督・川島雄三 壮絶死す!
日本の映画史に残る「幕末太陽伝」(主演:フランキー堺)を撮った、監督・川島雄三が1963(昭和33)年6月12日急死した。川島くらいオーソドックスを嫌い、アブノーマルを愛した男はいない。
映画界に残酷ブーム起きる(昭和37年)
残酷描写の決定版が「忍びの者」である。忍者たちが、血で血を洗う残忍さを、山本監督はねばっこく描いた。この残酷プレーが人気を得て、「続・忍びの者」「新・忍びの者」と忍者ブームのキッカケをつかんで行く。
「隠し砦の三悪人」の上原美佐が履歴詐称 (昭和33年)
0 上原美佐という、まったく無名の新人がお姫様役として抜てきされた。 黒澤明監督の「隠し砦の三悪人」(主演/三船敏郎)で、お姫様役を好演した上原美佐をご存知の方は多いと思う。その上原美佐が経歴詐称で騒がれたことがあった。 […]
日活の映画製作再開で業界が太混乱!(昭和29年)
日活の映画製作再開で業界は俳優やスタッフの引き抜きに戦々恐々だった。日活に対抗して五社協定が結ばれるが、この事で日活は独自にスターを発掘していく。
東京巣鴨に有った大都映画撮影所。
新興の映画会社、大都映画には「名物珍優」と知られた人気女優・大山デブ子がいた。大山デブ子は大柄で、名前の由来通り、八面六臂の活躍し、デブ子が登場するだけで観客を沸かせて、三枚目の本領を発揮した。
昭和初期の映画界を牽引した立役者(阪東妻三郎)-その2-
阪東妻三郎の晩年の代表作「王将」で無学の将棋の名人・坂田三吉を演じる。無声映画からトーキー映画へ日本映画を代表する大スターである。
昭和の俳優・梅宮辰夫を偲ぶ②
東映では高倉健や鶴田浩二、菅原文太、藤純子が持て囃されたが、もう一方の雄、梅宮辰夫を忘れてはならない。梅宮の思い入れがある「花札渡世」はヒットはしなかったが、隠れたやくざ映画の名作だと思う。
昭和の俳優・梅宮辰夫を偲ぶ①
梅宮辰夫は昭和の映画界を牽引した俳優である。梅宮辰夫は映画俳優である。「夜の青春シリーズ」「夜の歌謡シリーズ」、「夜の帝王シリーズ」、「不良番長シリーズ」シリーズ物36作品を8年間で撮っているのは大変な数である。
昭和初期の映画界を牽引した立役者(阪東妻三郎)-その1-
阪東妻三郎は歌舞伎的な立ち回りから現在の剣劇に連なる立ち回りを考案した立役者である。
インテリで甘い魅力の演技派俳優
森雅之は本名・有島行光。父は小説家の有島武郎。黒澤明・溝口健二・成瀬巳喜男などの一時代を築いた監督の映画に重要な役で出演している。
日本を代表する昭和の名女優!・山田五十鈴‐その3‐
0 -その1-を読む -その2-を読む 山田五十鈴(平成24年没) 三回目の結婚は、俳優の加藤嘉である。松竹映画「影法師」(主演:阪東妻三郎)で、山田は阪妻と一四年ぶりに顔合わせ相手役を務めた。ここに脇役で出演していた劇 […]
日本を代表する昭和の名女優!・山田五十鈴‐その2‐
山田五十鈴の私生活は、恋多き女性として常にマスコミを騒がせた。正式な結婚は四度、同棲者や浮名を流した俳優、監督は数知れない。
日本を代表する昭和の名女優!・山田五十鈴‐その1‐
0 山田五十鈴(平成24年没) 山田五十鈴は戦前から戦後にかけて活躍した、昭和を代表する女優である。優れた演技力で多くの名作を残した。44歳以降は舞台女優としても活躍し、新派の水谷八重子、俳優座の杉村春子と共に三大女優と […]
世界に認められた最初の日本映画「羅生門」(その二)
0 (その一を読む) 1950年(昭和25年) 後に脚本界の巨匠となる橋本忍32歳の作品である 更に忘れてならないのは、脚本と撮影、音楽である。脚本の橋本は当時、伊丹万作の指導を受けていたが伊丹の死後も、サラリーマンをし […]