
「グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇」は、2020年2月14日公開された。この作品、久々に日本映画の底力を魅せてくれた。
1ヶ月前、私は今年の米アカデミー賞で、アジアから史上初めて作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の主要4部門を制した韓国映画「パラサイト~半地下の家族~」を観た。
確かにアジア作品初受賞で歴史的快挙と大きく称賛された。が、それには裏事情がある事を知った。これまで米画以外の作品賞(つまりグランプリ)は英語圏の作品ばかりだった。数本の例外を除いては、アカデミー会員(ほとんど保守的老人)は人種差別等に偏っていると不満が爆発していた。それで今年から若手を含め各国から2千名の新会員が増員されて審査の基準も変わった。
これで黒人俳優など、有色人種などの差別や外国映画賞という区別を撤廃した結果、「パラサイト」が受賞した。逆にアメリカ映画「ジヨーカー」などの本命作品が軒並み落選したとも伝えられている。確かに私は、韓国の巨匠ポン・ジュノ監督の作品は素晴らしいとは思うが、もし日本から「グッドバイ」が出品していたら—との想いも湧くのである。

大泉洋の演技力、鮮やか成島監督の采配!
「グッドバイ」は昭和の文豪・太宰治の原作を、劇作家クラリーノ・サンドロヴィッチ(本名・小林一三)が独自の視点で完成させた作品である。舞台は2015(平成27)年に上演され読売演劇大賞と最優秀作品賞を受賞、大評判になった。そしてこの作品を「八日目の蝉」で日本アカデミー最優秀監督賞に輝いた成島出監督が見逃す筈もなく、最強のキヤストとして大泉洋、舞台で同役を熱演した小池栄子を添えて映画化した。まさに適役の俳優を得てこの作品は人生喜劇として、まるで考えられないストーリーで展開する。
時代は戦後の混乱から復興へと向かう昭和のニッポン。闇稼業で稼いでいた文芸誌編集長の田島周二(大泉洋)は、優柔不断なくせに、なぜか女にはめっぽうモテる。気がつけば何人もの愛人を抱えるほど困っていた。そろそろ真っ当に生きようと、田島は愛人たちと別れる決心をしたものの、別れを切り出せない。それで一計を案じた田島は、金にがめつく、大食いの担ぎ屋・永井キヌ子(小池栄子)に「嘘の妻を演じてくれ」と頼み込む。ところがキヌ子は、泥だらけの顔を洗えば誰もが振り返る美人に変身する女であった。

男は女と別れるために。女は金のために。—こうして水と油のようなカップルによる嘘夫婦の企みが始まった。
その嘘夫婦に騙されて別離を迫られる女役が、また魅力溢れる女優陣である。先ず一番手の花屋を営む美貌の“猪川たまき”にもっぱら拝み倒して別れを持ち掛けるが、なかなかうまく行かない。クールな内科医“水川あさみ”にも手こずりキヌ子の脅しにも屈しない。挿絵画家の“橋本愛”もしたたかで歯が立たない
とにかくインテリで才媛だらけの愛人たちとの会話とやりとりが、たまらなく面白く、そして考えさせられる。才人・太宰治の原作と脚本家の妙は格別である。こうした構成が映画の魅力を一気に高めていく。
映画の後半の山場は、田島(大泉)の本妻で青森に疎開で残している静江(木村多江)と幼き息子の関係修復である。この夫婦のアドバイス役で有名小説家の漆山連行(松重豊)は、相談のため何度か青森を訪れているうちに、静江との愛人関係が出来てしまう。田島は苦悩する。このあたりのシーンは、ドタバタ調にも描かれているが、実は成島出監督のしたたかな計算演出もあって後半部のストーリーに導いていく。
驚くべきどんでん返しの終結
女がほっとけないダメ男と、人生の伴侶は全てがお金と言い切る女が、手を組んだ嘘夫婦の関係が後半の見せ場である。
愛人問題と本妻の浮気事件が未解決の最中、田島(大泉)は、元の編集長と貯めたお金が仇となり強盗に襲われ殺害される。悲しんだキヌ子は、立派なお墓を建て、在り日の田島を忍んで生きる日々を過ごす。
それから2年後、実は強盗の偽装証言で死骸が入れ替わり、田島は苦役をしながら生きていた。どんでん返しの結末。
田島がキヌ子の元に帰って来た時のキヌ子の歓喜。この後半部分はさすがに大泉が引っ張り演技力の冴えを見せて観客の涙を誘う。小池もツツコミの演技が決してオーバでなく、大泉とのラブシーンでも美しさを醸し出した。
その他の傍役では、大泉の秘書役を演じ、宝くじに当たったと言って歯を全て金歯にする清川伸彦(濱田岳)の存在感と、本妻役の木村多江の演技力が光った。
「グッドバイ 嘘からはじまる人生喜劇」と題して未完の遺作を創ったあの太宰治は、一体何を訴えたかったのだろうか。現代でも通じるこの小説は、名匠・成島出監督、名優大泉洋によって久しぶりに日本映画の名作となった。これで私の故郷、北海道が産んだ俳優大泉洋も、日本の大スターに躍り出た。(シナリオ作家/札幌在住 森 道夫)

