
この世界の片隅に(東京テアトル)

諸般の事情で断念したシーンを追加した長尺版が今年公開
「この世界の片隅に」は、2016年(平成28)年11月に公開された、こうの史代のマンガを原作とし、脚本・監督を片渕須直が務めた長編アニメとして製作した。本作は、今回、長尺版として約30分の新規場面を付け足して、東京国際映画祭・特別招待作品、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」として2019(令和元)年12月に公開予定している。
NHKで放映された後も日本のどこかで上映中
配給は東京テアトルで、最初は国内63館で封切られただけだった。しかし、劇場公開後、評判が評判を呼んだ。公開初日には主要劇場で全回が満席となり、上映終了後には拍手が鳴りやまなかった。配給元の直営館であるテアトル新宿では1か月以上連日満席・立ち見となり(立ち見すら売り切れて札止めになるという、あまりないことが続いたという)、同館の過去10年間の週間興収で最高記録を塗り替えた。公開規模が徐々に拡大して累計400館を超え、公共ホールなどでも上映され、公開から3年目の2019年(令和元)年8月3日にはNHK総合テレビにて本編ノーカットで全国放映され、また8月8日には連続上映1,000日を迎えて、累計動員数は210万人、興行収入は27億円を突破し、堂々たる大ヒット作に化けた。

並み居る実写映画をおさえて受賞
本作は、第40回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞、第41回アヌシー国際アニメーション映画祭長編部門審査員賞、第21回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞など、数多くのアニメ関連のグランプリや大賞を受賞しているが、特筆すべきは、第90回キネマ旬報ベスト・テン日本映画&読者選出第1位と第59回ブルーリボン賞監督賞、第67回芸術選奨文部科学大臣賞、2016年度全国映連賞 日本映画作品賞&監督賞&女優賞&日本映画ベストテン第1位の受賞である。
人気や興収だけでなく、作品内容をきちんと評価され、実写の日本映画をおさえて、アニメ映画が保守的な邦画界で歴史と権威ある栄誉を受賞したのは、宮崎駿監督も成し得なかった快挙と云えよう。
異常なまでに時代考証を重ねて、作品にリアリティを追加
本作の特徴は、70年前の毎日の天気から店の品ぞろえの変化、空襲警報の発令時刻に至るまで、すべて徹底的に調べ上げたリサーチによる裏付けである。片淵監督はインタビューでこう語る。「アニメーションって基本的に全部誰かが考えて描かなきゃいけないものなので、実写と違って画面のなかに意図せぬ偶然が入りこみづらいんですね。でも現実をモデルにすれば、描き手がどう思おうと本物がこうなってるんだと、自分たちの想像のおよばない何かまで入りこんでくることになる。それともう一つ、(主人公の)すずさんが絵空事の世界に生きてるんじゃなくて、ちゃんと実在した街を歩いていて、その場所でこんなこと、してたんだなっていうような感触がほしかったんです。実際、すずさんが背中をもたれかけてた大正屋呉服店はいまも同じ場所にあって。そこに行けば、すずさんのようにもたれかかることができる。もちろんすずさんが本当にそこにもたれかかったわけではないですけど、それによって彼女が実在しているかのような感触を持てるようになるんじゃないかなと」
エンドロールは、ずらりと並ぶクラウドファンディングの参加者名で圧巻
とはいえ、どんなに素晴らしい映画であり、時代考証にこだわった力作でも、資金調達が出来なければ、制作は出来ない。本作は、片渕監督が構想を温め、広島を何度もロケハンに訪れるなど制作準備は進んでいたが、スポンサー探しは難航で資金調達のめどは、まったく立っていなかった。その打開策となったのがクラウドファンディングであり、スタッフの確保やパイロットフィルムの制作を目的に行われ、最終的には目標の2倍弱の3,912万1,920円の支援金を集めた。1万円以上支援すればエンドロールに名前が載ることから、完成した作品のエンドロールには、2,000人以上の名前がずらりと並んだ。その後、支援したファンは宣伝隊長となってSNSで評判を拡散し、ヒットを後押ししてくれた。邦画を支えたアニメ映画の勢いを象徴するような新しいプロモーションの一つと云えよう。

