
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦(東宝)

後に実写映画化されたアニメ映画
クレヨンしんちゃん 「嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」は、2002(平成14)年4月に公開された、臼井儀人原作によるテレビアニメ「クレヨンしんちゃん」の劇場版第10作である。前作「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」と同じく、高い評価を受けた作品で、監督は同じく、原恵一。
本作は、後に「BALLAD 名もなき恋のうた」というタイトルで、同シリーズと関わりなく実写映画化されたが、アニメ映画が主人公キャラクターと関係なく実写化されるというのは、珍しいケースである。
子供に見せたくないテレビアニメの映画版が文化庁から大賞を受賞
本作の興行収入は約13億円で、同年11月に公開された「たそがれ清兵衛」(松竹)の12億円より多い。また、2002年度文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞をはじめ、2002年度日本インターネット映画大賞・日本映画作品賞、2002年 第7回アニメーション神戸個人賞、第57回毎日映画コンクールアニメーション映画賞、東京国際アニメフェア2003・劇場部門優秀作品賞、東京国際アニメフェア2003・個人賞部門監督賞、第22回藤本賞、など前作を上回る数多くの賞を受賞した。
これらは、一連の「クレヨンしんちゃん」シリーズにおいて初めての公式の受賞であり、特に文化庁の大賞は、テレビアニメの映画版としては史上初であり、日本PTA全国協議会の子供に見せたくない番組ランキング常連でもある「クレヨンしんちゃん」で、文化庁から評価を受けたことは話題となった。
東京国際映画祭で「映画監督 原 恵一の世界」の特集上映
本作公開から25年後の第30回東京国際映画祭では、日本のアニメーション公開100周年を記念して「映画監督 原 恵一の世界」の特集上映が組まれ、原監督と脚本家・劇作家の中島かずき、アニメ研究家の氷川竜介の3人の記念対談では、
中島「合戦を飛礫(つぶて)から始める描写をやったのは、そうは無いはずです。合戦の段取りとして田んぼ刈るシーンも、実際の時代劇だと、お金がかかるから飛ばしてしまうところを丁寧に作られていて、凄いと思いました」
原「敵の兵糧を少しでも減らすために当たり前にやっていたことです」。
中島「当たり前にやっていて、詳しい人は知っていることだけど、映像では描かれていなかったことが描かれてびっくりしました」と強調しているが、観た人達からは時代考証の確かさが大絶賛されている。

NHK大河ドラマ以上のリアルな時代考証
このように、本来はファミリー向けのギャグアニメーション映画でありながら、時代考証・文献調査に力を入れて、戦国時代の生活や風景、合戦のシーンをリアルに描いたことに、本作の特徴がある。対談でも話題に出た、敵の兵糧を断つために収穫前の米や麦を刈り取り奪取する「刈り働き」や、足軽同士の戦いは槍を突くのではなく、互いの槍を言葉通りで合わせて叩き合う「槍合わせ」など、製作当時に判明していた最新の情報を用いて、戦国時代の戦い方を忠実に再現しており、劇中では、兵士がばたばたと倒れ、火薬が炸裂し、次々と死んでいく。銃弾が至近距離を飛び交うドルビーデジタル音響効果も凄いが、子供向け作品のため、流血シーンなどはない。
黒澤明を意識
本作を描くにあたり、原監督は黒澤映画を意識したと言う。黒澤の代表作「七人の侍」は、これまでの時代劇を根底から覆すリアルな作品を撮ることを黒澤が考え、準備段階で徹底的なリサーチが行われた。しかし、先の対談の中で、原は言い切る。「戦国時代の映画は「七人の侍」になるし、規模でいったら「影武者」が有りますが、ラストの合戦シーンは嘘っぱちで、黒澤明の美学によってできた画。それで良いんです。リアリズムが正解ではない」。
確かに、戦国時代は槍が武士の主要な武器であったが、「七人の侍」で主に使われるのは刀である。原は「時代劇ですから刀の立ち回りの方がカッコいい」と語り、あくまで綿密な考証もエンターテインメントのためと断言する。本作のラストで、ハッピーエンドに終わると思った瞬間、一発の銃弾で悲劇に変わったシーンは、様々なブログで考察されているが、基本的には、黒澤監督の「乱」へのオマージュがあると筆者は思う。

